これは、わたしにはなんら関係のない世界における物語だ。人は滅ぶと告げられた。それを止めると戦った。わたしはその観客であり画面外の協力者にすぎない。わたしがページをめくり、わたしの導く勝利が世界をスクロールする、それを失えばたちまち世界は停止して、彼らは歩みを止めるだろう。どれほど世界が回ろうと。『彼』が歩みを続けることを強く願ったとしても。
人の願いは美しく彼らの足掻きも美しい、だからわたしは彼らに力を貸したし、わたしの時間と労力を、多くなくともいくばくかを割いた、その物語と結末、生きざまを観測するために。それ以上でも以下でもない。なぜならわたしはその世界へ干渉できぬ一観測者に過ぎないからだ。観客は舞台へあがらぬものだ、それをしては演者の一人となってしまう。無論、なれたらと、願うことが少しもないとは言わないし、それを悪なる願いであるとも思わない、それが仮想的にであれ叶えることができるのがゲームの強みであるし、虚構の素晴らしさであるだろう。
とは言え、そうであるとしても、これは少々逸脱しすぎではないか?
観客たる事実は揺らがぬし改編のしようもない。であるならば、わたしはなぜ今この部屋にいるのだろうか。
禁忌に手を染めている。同時にそれは間違いなく人間すべてに許された自由でもある。誰の咎めを受ける謂れがあるだろう。わたしは自由なんだ。だからこそ今ここにいる。幸い『彼』は初めから観測者たるわたしの納まるべきように作られた存在であったし、ポジショニングには困らない。半生がなく意思も希薄、わたしの操作に動きわたしが世界を見るための窓となる、『彼』はわたしそのものでこそないが、わたしの代わりとしてこの世界にいると言っていい。飽くまで現時点では。
部屋に備え付けられた小ぶりの鏡を覗き込む。無造作に跳ねた黒の短髪に青の瞳の少年が、きょとんとした顔でわたしを見返していた。化粧ひとつしていないのにしみもくすみもない綺麗な肌だ。解像度の低い世界の強みだな。絶世の美男子とはいかないが、そつなく整った造形は十分美形と呼べるだろう。わたしの世界の基準で言えば。ここにはおよそ美しいものばかりがある。わたしはそうはいかぬから、『彼』の姿を借りるのは妥当であるし無難だ。どうせここに暮らす大半の者にわたしは『彼』と映るのだ。
『彼』の名は縞島、無数の平行世界の中に存るカルデアのひとつ、このカルデアの唯一にして、人類最後のマスター。
鏡に映る人間が自分ではないような心地がして、頬をぐいぐいと掴む。実際姿ばかりは自分ではないのだが、今ここでのわたしはこれだ。姿が実物と異なることには徐々に慣れていくしかない。背も腰も肩も痛くない体なんて小学生以来じゃないか? 無駄な贅肉のない体のなんと身軽なことか。でもこの汚れひとつない白い服は食事をしたら一発で汚してしまいそうだ。
直にあの人がここへ来るだろう。先ほどお気に入りに設定したから。嬉しいような恐ろしいような、わくわくするような早くも後悔し始めているような、複雑な気持ちだ。絶望であればとうにした。してもし足りず何度だって、殊その人の前に立てば、いやが応にも絶望することとなるだろう、だとして、少なくとも今わたしは、その人に会うためにここにいる。嬉しくないはずがない。歓びと好意と憎悪と知的好奇心と嗜虐心がぐちゃぐちゃのないまぜになって死にそうだ。感情の置きどころがわからない。緊張に鼓動が、高鳴る? これはいっそ、恐怖の域へと立ち入っている。『けれどわたしは冷静だ』。部屋の奥、所在なさげにひっそりと鎮座するベッドに腰掛けて、ひとつ深呼吸をする。縞島が、毎日過ごし、使用しているにしてはまるで生活感のない部屋とベッドだ。彼の生活は考えていなかったから。それもこれから、考えてしまうだろう。わたしがここで過ごす時間を本来送るはずだった彼を思ううちに。これからどんなことがあるだろう。わたしはそれを知っているし、なにも知らない。過てば戻ればいい。根気の続く限りであれば何度だってやり直そう。その前にまずは話を進めなくては。
緊張は振り払えれど羞恥だけはどうしようもない、なぜならここで宣言したところでわたしのそれは取り払いようがないからね。歓喜も恐怖も人へ見せるのはちょっとばかり恥ずかしい。よって以降の視点はひとまずのところ外に任せるとしよう。わたしからはまた次回があれば。カメラを通すことでわたしにとってもなにか新たな発見があれば重畳だ。ここへ向かうはわたしの不可解の塊であり運命、ここへ訪れた目的、どんな手を使おうと会いに来ることを望んだ、恋する人、サーヴァント・ルーラー、天草四郎時貞だ。