「教えてよ、あの人とのこと」「あの人?」
きょとん、と擬音の浮かぶほどあざとらしいとぼけ顔を張り倒してやりたくなるのをぐっと堪えて、カルデアに来た神父だよ、言峰綺礼、と丁寧に名を告げてやる。もちろん張り倒すようなことはしない。かわいく思っているからね。めちゃくちゃにしてやりたくなることなら結構わりあいあるけども。
こっちは突然の蹂躙系破綻者の到来にすっかり狼狽しきって特別製の秘密の♡二人の部屋♡すらトラッシュ&クラッシュ、虚数の海にさようならしてカルデアを飛び出して来たほどだと言うのに、天草はさして気にしてもいないらしい。彼にはその来訪者が誰であったかより、カルデアとマスターたちの無事が気にかかるのだろう。我々が彼らを見捨ててあの地を去ったのだとしてね。
ともあれいつかの義弟の名に天草もああと合点のいった顔をして、「あなたは本当になんでも知っているんですね」などと微笑んでみせる。すべてを知っていられるのならどれほど楽か。退屈か。この人が、どうすればわたしを愛するのかだって簡単に解が得られるのに。「なんでもなんて知るわけないだろ」気分を害してつっけんどんに言い放ち、ぴんとシーツの張られたホテルのベッドに座る天草の横へぶつかるように腰かける。
「ほら、いいから話せ!」「くすぐったいですよ」
かわいい顔してめちゃくちゃガタイのいい上半身を適当にくすぐると、少し笑って軽く身をよじって逃げようとする。本当にくすぐったいなんて思っているのか? 思ってない気がするけどかわいい。逃げる体を追ったわたしに寄りかかられるまま天草の体はベッドの上へと倒れていく。わたしが押し倒す形だ。服越しに微かに触れる肌と肉の感触と、魔力燃やす体の熱にがっと頭が茹る。横向く彼の眼差しが、つとこちらへ流されて琥珀色の視線に捕らえられると、う、うう、もうだめだ。顔が見えなければ恥ずかしくない。天草の胸元へ顔を埋めて視線を遮る。めちゃくちゃ胸板である。胸筋が……なんと言うか……すごい。この隆起と弾力。顔は見えなくなったもののこれはこれで恥ずかしい。落ち着かんと深呼吸。ひとつ。ふたつ。男子高校生のかおり(天草は男子高校生ではないし、わたしは男子高校生の匂いがどんなものかは知らない)。
「汗くさいですか」「えっこれ汗のにおい?」
「確かめなくていいですから」「なんで? 天草の体臭ならいくらでも嗅ぎたいよ」「おかしな人ですね」
あっああ????これはまずい、まずいですよ。これでは変態主人公とそれを受け入れるヒロイン、粛清なきセクハラ少年漫画ではないか。あるいはわたしが苦手な変態夢主。変態夢主の皆さんには本当に謝りたい、好きな人を前にしたらそうなってしまうのもしかたがない、しかたがないよね。わたしもなってしまった。夢小説に出会って十云年、まさか我が身をもって変態夢主の気持ちがわかることになるとは思わなかったな……。もう今こんなこと言っているのも本当にいや。こんな落ち着きのない思考晒したくない。晒したくないって本当に思っているんですよ。葛藤をよそに天草がわたしの後ろ髪を指先に絡めている。
「逃げようと言うくらいだ、彼のことは知っているんでしょう」
そう、わたしはかわいいこの人が、あの愛すべき外道神父に壊されることを恐れて、これという当てもなくカルデアを出てしまったのだった。
「うーん、まあ、少し、それなり、いや結構?」
「私の知る綺礼とは少し、印象が違いました」
「わたしはあのほうが馴染み深い。うん、多分、あれは、もう、天草の知る彼とは別物だと思ったほうがいいよ」
「別物……」
天草の声色が遠くなる。その人に思いを馳せているのだろう。手を枕に、胸の上に顎を乗せて天草を見上げる。
「兄弟の思い出を聞かせてよ」
綺礼のことはおそろしい、おそろしいけれど、それはそれ、言峰義兄弟は熱い。これが聞きたかったのだ。いえい。
「たいしてありませんが……。一緒に暮らしたことも、ないですし」
思案している。わたしも十六年一緒に住んでいた妹との思い出をさあはいどうぞ! すぐに話して! と言われたら悩んでしまうだろうから然もありなん。手のひらの下、胸の熱と、その奥に脈打つ鼓動にじっと耳をすませて続きを待つ。さして新しくもない異国のホテルの無機質なアナログ時計がカチカチやかましく秒針を刻むのに、気を取られないよう気をつけながら。
「いい子でしたよ。大人しく、賢く、聞き分けのいい子で」
「天草もそういう子供そう」
「そうですね。少し、昔の自分を思い出していたのかもしれない」
「天草の小さい頃か、かわいかったんだろうなあ」
「ええ、それはとても」
「見たいな、すごく見たい」
「絵を描いてもらったのですが……もう残っていないでしょうね」
「そうかあ、残念だ」
この世界における天草四郎、島原の乱の歴史というのもこちらに来てから調べたのだ。いくばくか。その無為を知りつつも、もしかしたらと期待していた。結果はむべなるかなと言う感じだ。だってわたしには知りようがないんだもの。知らないことは知らないよ。多分当人に訊くのが一番早い。教えてくれるのならば。
「彼が、苦悩を抱えていると気がついたのは、……いつだったかな。知りませんか」
「知らないよ」
「十にもならない頃、でしょうか」
「小さなときから気づいていたんだ」
「はい。彼は歪みを抱えていて、けれど、神を敬う心は真実だった。信仰は確かなもので、それなのに、その中で彼は、正しくない」
綺礼を語る言葉はどこか彼自身を指すようだ。そう思うのはわたしの気のせいだろうか。そうでないなら無自覚だろうか。それもありえそうだな、とぼけているのかと思うほど自分のことに無自覚なところのある人だから。
「彼を苦しみから救いたかった」
懺悔のような言葉を吐きながら、胸の上のわたしの目を逸らさず見つめくる。おそれを知らぬ、ひどくまっすぐな目だ。おそれ、知ってるんだけど。知っているのにこの人の眼差しはいつでもまっすぐであるので、わたしはそれがおそろしい。
そんなことまで言ってくれるのか、という案外さと嬉しさと、同時にそれを告げる表情にあるものが後悔や悲嘆でないことも少しばかり意外だった。過ぎたことだからと言うよりは、すべての人を救うことにしたからいい、と言う処理をされたからであるのかも。なんと返したらよいものか、わからなくて黙って白い髪を梳く。
「私は彼を救わなかった」
「救わないことは罪ではないよ」
「――そうですか」
「あっ心を閉ざした」
「私が救いたいんです」
「ちょっと開いた」
「救いたいと思った、私には救うことができた、けれどそうしなかった」
「他にすべきことがあったから?」
「はい」
躊躇いのない返事。ぶれない視線。救えた、と断言する傲慢さよ。ガラスの如き頑なさと透明さだ。いつかは割れてしまいそうなところまで。
だってこれは人類救済という、己の掲げた大義名分の正しさを信じているだけだ。それは多分、自分を信じていることとは少しだけ違う。その違いは普通に生きるなら問題ないのかもしれないけれど、世界を変革するにはいささか足りなさすぎるように思うのだ。もしも世界の誰一人、彼の救済を肯定しなかったとして、それでもあなたは行うのか? 無論これが無理な仮定とも知っている。不老不死、なりたい人多いしね。わたしもなりたいよ。死ななくて痛くもないのなら。国や人類や星の終わりが見たいから。
天草の頬を撫でて、頭も指先で撫でてやる。今はよく見えずとも、少なくともかつて彼の胸のうちには無念さがあったはずなのだ。感情は捨てたと言う天草のそれらは封じ込められているだけで、消滅しているわけじゃない。でなきゃかつて大聖杯の前でホムンクルスの少年に対してああして怒ったりするものか。まだ消えていないのなら、いいや、逐一消しているのだとしても、そうされる天草の感情たちを愛でてやりたいと思う。でもわたしがそんなことをしなくても、この人は拾いたいものがもしあれば、なにごともなかったかのように平然と拾い直すのだろうね。つまりわたしの行いはすべて徒労ということだ。それでもいい。
わたしの思案をよそに、天草が目を伏せる。
「……だから、歌とオルガンを教えました」
沈黙。
なにがだからなのか、判断しかねたからだ。
天草は「つまらない話でしたね」と話を切り上げる。わたしもそろそろ戻らなければ。ベッドと体の間に手をつっこんでぎゅうと抱きしめ、胸に頬ずりをする。抱きしめた手で体を撫でたかったけれど体重がかかって難しい。まだもう少し離れたくない。このまま眠ってしまいたい。そのときはせめて上からは降りるよ。
「話してくれてありがとう」
「いいえ」
「つまらなくなかったよ」
微かに残る悔恨らしき情はやはり彼が、救えただろう(と彼自身は目測する)義弟の苦しみを看過したことに他ならず、なにもしてやれなかったという自責の念があるのもまた、せめてもとした行いの、無意味さを解しているからなのだろう。あるいはそのささやかすぎたことを無力に思っているだけやもしれないが。
天草の救えなかったという後悔は、殺せなかったという言峰綺礼の後悔にもよく似ている。そういうところが兄弟なのだろうな。
「天草が幼い綺礼にオルガンを教える姿、とても微笑ましいな」
長椅子に二人腰掛け合って、天草が冬木教会のパイプオルガンの鍵盤を押す。ぴりと張り詰めた礼拝堂の空気を柔らかく包むように、微かに神経質な、清涼な音が鳴り響いて、年老いぬ義兄は弟へ微笑みかけるのだ。美しい神への歌を共に口ずさみながら。うん、きっととてもかわいい。想像してにこにこしてしまうわたしを天草が複雑な顔で見下ろしている。
正しき聖なる義兄の教える聖なる音楽は、幼き言峰綺礼にとってさぞや苦しきものだっただろう。苦しみの正体をおおよそのところ知りながら、どうして聖歌に心癒されると思ってしまえたかな。でもその見当違いさはわたしにとってはどうでもいい。
彼の教えた慰めは、きっとその人の心を少しだって救いはしなかっただろうけれど、それが微かにだって慰めになると信じた、この人の心を美しく思うとともに、その愚かなまでの無垢なありようをわたしは愛しているのだ。